2016年10月23日 「主の愛する子」 (マルコ12:1〜12) |
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今週の御言葉 「イエスは彼らを見つめて言われた。 『まだ一人、愛する息子がいた。『わたしの息子なら敬って くれるだろう』と言って、 最後に息子を送った。」 (マルコによる福音書12:6) |
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イエスは、ぶどう園での農夫のふるまいを語ることで、 神の民 イスラエルが歩んできた歴史を語りました。 神の民イスラエルは、 神に忠実に従うのではなく、何度も主なる神を裏切り、 神でない ものに頼ることがありました。 主なる神は、それでもこの神の民 イスラエルを愛し、自分の僕である預言者を遣わしました。 ところが、 神の民イスラエルは、預言者を通して語られた神の言葉に耳を傾ける ことをしませんでした。 その度に罰として大きな試練を受けてきました。 しかし、民が神より受けてきた試練は、決して単なる罰や懲らしめ だったのではありません。 神の試練は、その中でこそ本当に頼るべき 方が神であることを知ってもらうためのものでした。 主なる神は、 御自身がどんなに神の民にないがしろにされようとも、民を愛し、 民に語り続けました。 主なる神は、決してあきらめません。 こうして、主なる神は、人々に神の国をもたらすため、 すなわち御自身と民とが共に生きていくために、愛する御子を この世界に遣わしました。 この愛する御子こそ他でもない 主イエス・キリストです。 |
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江古田教会牧師 浅野正紀 |