2016年11月6日 「十字架につけられた神の子」 (ガラテヤ3:7〜14) |
今週の御言葉 「キリストは、わたしたちのために呪いとなって、 わたしたちを律法の呪いから贖い出してくださいました。」 (ガラテヤの信徒への手紙3:13) |
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罪人は、誰しも神の呪い、神の怒りの中にいます。これが律法の呪いです。 主イエスは、罪がない方であるにもかかわらず、私たち罪人に代って、 木にかけられることで、神の呪いを私たちに示して下さいました。 これは、私たちに自己の罪を悔い改めさせるためであり、私たちを罪から救い出すためです。 主イエスは、本来、私たちが受けるべき神の呪いを御自身が代わって受けてくださいました。 こうして、神がアブラハムに与えた祝福、すなわち、神が共にいてくださるという祝福を 私たちにもたらして下さいました。 私たちは、主イエス・キリストを自分の救い主と認めることで、今だ罪人であるにもかかわらず、 あたかも律法をすべて守っているかのように神からみなされ、 神と共に、神の祝福の中を生きていくことができます。 私たちにとって十字架とは、今や決して、神の呪いの象徴ではなく、神の救い、神の愛の象徴です。 十字架につけられた主イエス・キリストを宣べ伝えるということは、 神の愛、罪の赦しを宣べ伝えていくことです。 ぜひ、この十字架の主イエス・キリストを私たちも心に刻みつけて、宣べ伝えていきたいと願います。 |
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江古田教会牧師 浅野正紀 |
朝の礼拝 午前 10時15分 | 夕の礼拝 午後 4時 | ||
前 奏 | 「Symphonien no,2 c-moll」 | 黙 祷 | |
Bach 作曲 | 招きの言葉 | イザヤ書2章2〜3節(旧1063) | |
招きの言葉 | イザヤ書2章2〜3節(旧1063) | 讃 詠 | 83番(讃美歌21) |
讃 詠 | 83番(讃美歌21) | 開会の祈り | 主の祈り(讃美歌21)93-5-B |
罪の告白の勧告と祈祷 | (週報裏面) | 信 仰 告 白 | 使徒信条(讃美歌21)93-4-B |
罪の赦しの宣言 | (週報裏面) | ハイデルベルク信仰問答:問113 | |
開会の祈り | 主の祈り(讃美歌21)93-5-B | 讃 美 歌 | 120編4〜6節(ジュネーブ詩編歌) |
信 仰 告 白 | 使徒信条(讃美歌21)93-4-B | 聖 書 朗 読 | 詩編19編8〜15節(旧850) |
ウェストミンスター小教理問答: | 牧会の祈り | ||
問93〜95 | 説 教 | 「義を慕い求めよう〜 | |
讃 美 歌 | 120編1〜3節(ジュネーブ詩編歌) | ハイデルベルク信仰問答113 | |
聖 書 朗 読 | 詩編104編13〜30節(旧941) | 祝 り | 浅野 正紀 牧師 |
牧会の祈り | 讃 美 歌 | 218番(讃美歌21) | |
讃 美 歌 | 56番(讃美歌21) | 献 金 | |
聖 書 朗 読 | ガラテヤの信徒への手紙 | 感謝の祈り | |
3章7〜14節(新345) | 頌 栄 | 29番(讃美歌21) | |
説 教 | 「十字架につけられた神の子」 | 祝 祷 | 浅野 正紀 牧師 |
浅野 正紀 牧師 | 報 告 | ||
祈 り | |||
讃 美 歌 | 436番(讃美歌21) | ||
聖 餐 式 | |||
讃 美 歌 | 79番(讃美歌21) | ||
献 金 | (席上・財務特別) | ||
感謝の祈り | |||
頌 栄 | 29番(讃美歌21) | ||
祝 祷 | 浅野 正紀 牧師 | ||
後 奏 | |||
報 告 |